シナリオ作業においてもっとも意識したのは、各話ごとに「何をする話」なのかを明確にしようというものだった。各話のテーマがはっきりすれば必然的に演出の方向性も決まってくる。ラインプロデューサーの笠間寿高は、そうして導き出した各話数の方向性に応じて、コメディや日常なら津田尚克、アクションは鈴木健一、ドラマ性の高い話数であれば加藤敏幸というように、ローテーションではなく演出家の個性を念頭に置きながら割り振りを実施した。その一方で、ディレクター陣はジョジョという名作を前にさまざまな思いを抱いていた。
「原作をお預りしている以上、僕らが勝手に捻じ曲げるわけにはいきませんから、何とかして荒木先生の思想を追体験しようと思っていました。ちょうどプリプロ時期に発行された『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』(集英社新書)はすごく役立ちましたね。このエピソードはこの映画が元ネタだとか、こういうことがやりたかったんだということがよく分かって、アニメの方向性もより定まったような気がします」(津田尚克)
「執筆当時の荒木先生が何を考えていたのか。当時先生が観ていた映画や聴いていた音楽などを通じて、自分なりにトレースしていきました。漫画という形ですでに成果物は世に出てはいるんですが、その奥にある気持ちを感じ取ることが、ジョジョを表現するうえで最大のミッションでした」(鈴木健一)
「原作のパワーがすごく強いですから、そこはできる限り生かしたいという気持ちがベースにありました。個人的には第4部の川尻早人が「神様 どうかこのぼくに 人殺しをさせてください」と願うシーンにグッときて、小学生にこんなことを言わせる少年漫画はほかにないだろうと感じ、ここは絶対に自分で演出したいと申し出ました」(加藤敏幸)
「第5部から参加して、過去の表現をどこまで踏襲すればいいのか、最初は戸惑いもありましたが、いざやってみたらすごく自由で。ジョジョはそれだけ器の大きな作品なんだということを改めて感じました」(木村泰大)
「第5部は絶望の中で生きる若者たちがどう生きて行くかというのが大きなテーマになっているので、『悲哀』というキーワードはつねに意識していました。自分なりに大人な部分を出そうと思っていました」(髙橋秀弥)
制作チームは当初、原作第1部「ファントムブラッド」で1クール、原作第2部「戦闘潮流」で2クールでの構成を希望していた。しかしプロデューサーの大森啓幸はまとめて2クールで一気に放送することを要望。最終的には24話ではまとまらず26話構成となったが、これはかなり思い切った戦略だ。大森は「1部と2部をシームレスに一挙放送することで、インパクトを感じてもらえるのではと思いました。ジェットコースターに乗っていると思っていたら、いつの間にかウォータースライダーに乗っていた、みたいな(笑)」と振り返る。なかでも「ファントムブラッド」に関しては原作44話分をアニメでは9話にまとめており、これはアニメ1話あたりほぼ原作5話が入っている計算になる。
特筆すべきは、それほどのスピード感で駆け抜けながらもエピソードはほとんど割愛していないということ。これはシリーズ構成を務めた小林靖子を中心とするライター陣の努力の賜物とも言える。ともかく、この疾走感こそが多くの視聴者を惹き付け、結果として続編制作への扉を開いたことは間違いないだろう。
スピード感を重視した1stシーズンに対し、2ndシーズン「スターダストクルセイダース」はかなり余裕をもった構成が可能となり、そのおかげで原作第3部ならではの迫力あるスタンドバトルがたっぷりと堪能できるシーズンとなった。シナリオは全体として非常に高いレベルで原作を再現しているが、随所にアニメオリジナルのシーンも追加されており、エジプトを目指して旅をする「ロードムービー感」が増しているのもポイント。
とくに第25話「「愚者(ザ・フール)」のイギーと「ゲブ神」のンドゥール その1」ではジョースター一行の6人全員で集合写真を撮るシーンが追加されている。この写真は原作第5部で承太郎が机の上に飾っていたものだが、原作中ではどのタイミングで撮影されたかは明らかになっていなかった。津田は「このタイミングしか考えられなかったので、コンテと演出を担当した鈴木さんに相談して、それで入れてもらいました」と話す。
そしてオリジナルシーンと言えばもうひとつ、第18話「太陽(サン)」も印象的だ。原作ではわずか2話で終わってしまうコメディ色の強いエピソードだが、アニメではこれを1話として構成。結果として半分以上がオリジナルシーンとなり、シナリオと絵コンテを手がけた津田の高いコメディセンスが発揮されたエピソードとなった。
3rdシーズン「ダイヤモンドは砕けない」(原作第4部)はアニメシリーズを通じてもっとも大胆な構成で、それは第1話「空条承太郎! 東方仗助に会う」の冒頭からハッキリと示されている。杜王町RADIOの陽気なMCを背景に、殺人鬼による狂気の朝食シーンが映し出される恐怖。原作では物語の後半になってようやく登場するラスボス・吉良吉影の存在を示唆するとともに、平和な日常の影に潜む異常な光景という原作第4部のテーマまでを見事に表現しており、秀逸な原作の再構成と言える。
3rdシーズンでシリーズディレクターを務めた加藤は「第4部はこれまでの話とは違い、主人公が直接的にラスボスを倒して終わるのではなく、キャラクター全員が協力して倒す、もっと言えば杜王町という町そのものが吉良吉影という殺人鬼を葬り去るという構造になっているんです。それにふさわしいラストへと向かうためにも、街の雰囲気や住人たちの描写には気を配りながら積み上げていきました」と話す。また津田も「シリーズ構成的には第4部がもっともうまくいったと思います。最初から最後までひとつの街が舞台となったことと、僕らは最初から吉良吉影がラスボスだということを知っているので、そこをいい意味で使い倒すことができました」と振り返る。頻繁に流れる杜王町RADIOをはじめ、後半に登場するキャラクターが序盤にカメオ出演するといった小ネタまで、構成の妙がもっとも発揮されたシーズンとなった。
4thシーズン「黄金の風」(原作第5部)の構成でもっとも大きな点は、原作と比べてチーム戦であることがより強調されているということだ。暗殺者チームのメンバーは、原作では刺客として登場した順に名前とビジュアルが明らかになっていくが、アニメでは第10話「暗殺者(ヒットマン)チーム」にて暗殺者チーム全員の顔が判明する。さらにレストランでの食事風景を描くことで、彼らもまたジョルノたちと同じように、チームで動いていることが分かる。原作ファンのあいだでも人気の高い暗殺者チームだけに、多くのオリジナルシーンが追加されたことはファンにとっても嬉しいサービスであり、同時に4thシーズンが三つ巴の構図であることを鮮明に映し出すという意味でも効果的だ。また一方で、ミスタやアバッキオの過去エピソードが繰り上がり、フーゴの過去エピソードも追加されたことで、ジョルノ側も早い段階でチームとしての一体感が感じられる仕掛けになっている。
4thシーズンで監督を務めた木村はこの点について「暗殺者チームは原作ファンからの人気も高いですし、覚悟が決まっている人たちなのでとても魅力的なんですよね。けして独断で襲ってきているわけではないので、そこはチームとして描くことで彼らなりの信念が伝わればいいなと思いました」と語る。
そしてシリーズ屈指の名場面として名高い第28話「今にも落ちて来そうな空の下で」では、アバッキオの死に取り乱すナランチャを中心に、原作を大幅に拡張させる形でBパート全体を使って再現。絵コンテと演出を担当した監督の高橋は「このパートのラストカットでは、アバッキオが倒れている地面に一面の花を咲かせているんです。ナランチャが死んだとき、ジョルノは彼の体を植物で隠したじゃないですか。でも原作だとアバッキオに対して何かした描写はないんですね。高校生のころからそれが気になっていて(笑)。ジョルノならきっとアバッキオにも同じことをしていたのだろうと思い、最後のカットを加えました」と、名場面の裏話を語ってくれた。
取材・文/岡本大介